<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

鳥居

平郎門から外郭側へ延びる石畳の参道の端にかつて大きな鳥居がありました。

この鳥居はコンクリート造りで、高さ10mを超える巨大な建造物で、昭和5年関西今泊郷友会岡山支部などの寄付によって建設されたものです(写真上:今帰仁城跡にかつてあった鳥居)。作業には地元今泊の方々が汗を流して建設されました。

戦前の日本にあって、沖縄の御嶽なども多くが神社として整備されていくという歴史がありましたが、今帰仁グスクも例に漏れず神社に整備される動きがありました。幸か不幸か、今帰仁城跡の神社整備は、途中で頓挫してしまいますが、昭和5年の鳥居だけは、その流れの中の最初期の工事として竣工し、ごく最近までこの鳥居をくぐって入城する格好となっていました。

鳥居は、今帰仁城跡の史跡整備の一環で撤去されました。撤去の理由は、城として往時の景観へ復元していくことが目的でしたので、本来あるはずのない鳥居の撤去となったのです。平成15年9月に解体撤去されました。一部その脚部分の銘が記された箇所だけは、今帰仁村歴史文化センターの入り口付近に現在展示されています。

また、撤去にあたり、鳥居の脚部分の地下について、発掘調査を行いました(写真下:発掘調査の様子)。この調査によって、鳥居のあるあたり一帯は近現代になって1mほど造成されていることが分かりました。本来、平郎門への入城は門を見上げるような形で入城したものと推定されます。考えてみれば、首里城や中城城など沖縄の有名な城の多くが入城するときには門を見上げながら歩いて行きますので、当然といえば当然なのかもしれません。

整備が進めば、平郎門の見方もまた変わってくること思います。

No015.jpg

No001.jpg

ブログ記事一覧