<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

15世紀に描かれた琉球の地図

本日は少しばかり史料を紹介。

『海東諸国紀』(かいとうしょこくき)という地図がある。

李氏朝鮮によって1471年(成宗二年)に発行された漢文の歴史書である。時の国王成宗(せいそう)は宰相申叔舟(しん しゅくしゅう)に命じて撰集させたものとして知られている。岩波文庫になっているので、比較的安価で購入することができる。

この史料の巻首には海東諸国総図、日本本国図、琉球国図等の六図が収録されている。本文は日本国紀、琉球国紀、朝聘応接紀に分けられ、周辺国が紹介されている。琉球国についても紹介されていて、本文についてもHPで公開されているので、誰でも容易に読むことができるので一度読んでみるといろいろな発見があるかもしれない。ただ原文は漢文なので少々難読。

参考データ(http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/B1241189/1/vol06/kaitosho.txt

特にこの時代を考える上で参考になるのが、1枚の地図「琉球国図」である。私たちが知っている、精度のよい地図で見る沖縄島とは似ても似つかないこの地図には、たくさんの「城」が掲載されている。

さて、われらが「今帰仁城」はいったいどんな風に描かれているのかというと・・・

「伊麻奇時利城」と表記され、表記は異なるがなんとなく読みは解り、しっかりと記されている。周辺の地名との位置関係などもおもしろいので、じっくり眺めておきたい。

参照地図(http://www2.oiu.ac.jp/6/kaito/ryukyu1.jpg

いずれにしても、当時からきっと島外の人にも知られる存在感のある城であったことは間違いなさそうだ。

 

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