<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

『朝鮮王朝実録』が伝える琉球人の習俗と発掘資料

『朝鮮王朝実録』(ちょうせんおうちょうじつろく)という史料があります。

李氏朝鮮の二五代、472年の歴史を編纂した漢文の記録です。1997年にユネスコの世界の記憶計画(Memory of the World)に登録された貴重な文化財です。この本、日本の植民地時代に東京大学に所蔵されていた本で、2006年に東京大学からソウル大学に引き渡されニュースになったのでご記憶にあるかたもいるかもしれません。

いずれにしても朝鮮の歴史を知ることのできる貴重な本なのですが、その中にしばしば朝鮮半島から難破等によって琉球にたどり着いた朝鮮人の報告があります。

1477年に済州島から琉球に漂着、2年後に帰国を果たした漂流の次第、琉球の様子を報告した記録にこんな記載があります。

「其の俗、耳を穿ち、貫くに青小玉を以てし、垂るること、2、3寸許(ばか)りなり」

琉球人の容貌等について記した一文です。先島地域が主ですので本文も先島でみることのできた琉球人の容貌の一つであると考えられます。

 

さて、数年前に石垣市教育委員会で石垣市の市街地の発掘調査が行われました(写真上)。

この時、15・16世紀の墓が発見され幾つかの副葬品をもった出土人骨が発見されました。その中の一例に、顔の横からビーズが幾つか発掘された事例があります(写真下)。

沖縄本島の事例には今のところこのような発掘例が無いので定かではありませんが、出土したガラスのビーズは、首飾りやイヤリングとして使っていたのかもしれません。

古い記録と発掘された事例の両方から、当時の様子をうかがい知ることができた貴重の一つです。

 

scan-200.jpg

 

 

scan-201.jpg

 

参考文献:『土に刻まれた登野城?真栄里新川線埋蔵文化財調査?』発掘調査ニュース 2006石垣市教育委員会より写真転載

 

ブログ記事一覧