<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

西表島「網取」集落を訪ねる

先日、機会があって八重山へ出かけた。西表は昨年も訪れたので1年ぶりであったが、雄大な自然が印象的で、沖縄とはまた異なる独特の文化がとても魅力的な地域である。
今回、出かけた先は「網取」という集落である。しかしその不便さ故に、1971年には廃村となってしまった。現在そこに住人はいない。ただ、小学校の跡地を譲り受けた東海大学が沖縄地域研究センターという施設を置いており、そこを拠点に様々な調査研究が行われている。私が訪ねたのは、そこで実施していた発掘調査である。
この網取り集落では、これまでにも東海大学によって発掘調査が行われてきた。山々に三方を囲まれ、前面は海。小さな砂丘に生きる人々の営みを明らかにしてきた。(http://www.hum.u-tokai.ac.jp/arch/pdf/01cover-contents.pdf

今回私が訪ねた時には、ちょうど水田跡を調査しているところで、「いったいどんな水田の様子だったのか?」「はたして、いつから水田を作り始めたのか?」などについて関心を持って調査をしていた。答えを出すのは簡単ではないが、きっとこの調査によっていろいろな事が明らかになると期待される。

伝統的な地域の開拓史の紐解きは、重層している事が多く、とても複雑で難しところが多い。その一方で僻地の開拓史は新しい時代からはじまるものの比較的単純で解釈がやり易いところがある。どうしても古い時代こそ関心の高くなってしまいがちな考古学の世界だが、改めて網取集落の開拓史に触れて、今帰仁城や城の周辺の人たちの開拓がいかに行われたのかについて想いを馳せてみた。

(追記:パソコンの不調でしばらく更新を諦めていました。悪しからず)

 

写真は、網取集落の現在の様子、家屋は無いが、屋敷の区画が廃村当時のまま残っている。

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