<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

沖永良部調査日誌(1)

ここ最近、出張続きである。

沖永良部島の文化財担当者の知人の誘いを受け、和泊町が最近発掘した遺跡の遺物を拝見させていただいた。こちらの遺物は、これから報告ということなので、報告されたら、また紹介したい。

さて、今回は、島を訪れた折に見せていただいた世之主関連の遺跡を少し紹介したい。

世之主は、グスク時代の沖永良部を治めた時の王で、いわゆる沖縄の按司である。

今帰仁城の北山との関係が伝承されているが、このあたりは省略しておく。

今回、訪れた遺跡は、以前にも訪ねたことがあるが、ちょっとした発見もあった。

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最初に訪れたのは、写真のこんもりとした丘で、地元では後蘭孫八と呼ばれる人物が居した城跡と伝承されている。内部は、ドリーネ状にくぼんだと思われるくぼ地が本丸とされており、ここの地主の方が近代以降の住んでいたとされる屋敷跡が残されている。

屋敷跡もなかなか立派な石垣を備えた屋敷なので、それも見ごたえがあるが、世之主の時代の遺物が無いか探してみると、落ちていました。土器の破片が。

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土器の時代は洗って調べてみなければわからないけど、どうやらこの遺跡の地下にはちゃんと遺物が包蔵されているのではと感じた。ご担当の方もこれまでこの遺跡で遺物を見たことが無かったので、今回の表採は予想外の収穫だそうだ・・・今後の研究が期待される。町指定の文化財で、地元では城内を散策できるような整備を望んでいるとの事だったので、旧状がうまく伝わるように、かつ現自然植生や近代のものながら、歴史を感じることのできる旧宅などうまく見せてほしいと感じた。

最後に、伝承では後蘭孫八の墓と伝わる、石積みを見せてもらった。城跡の一角にあるのだが、この石積み・・・どこかで見たことがあるような気がしませんか?

今帰仁城跡の周辺にある、あの正体不詳の石積みと形態がよく似ている。沖永良部の今後の調査には目が離せそうもないと実感。

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