<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

沖永良部調査日誌(2)

さて、世之主の旧跡を訪ねた。世之主ロードというトレッキングコースをつくって、遺跡散策のルートをつくっているが、どれも魅力的な伝説とともに、見事な遺跡が残されていた。

写真は、世之主の墓と伝わるもので、とても広い墓庭があり、第1の門をくぐると広い庭に浮道があって、第2の門へ至る。門は1枚岩を乗せたもので、少し雰囲気は異なるが宮古の仲宗根豊見親や宮古島内のいくつかの墓と通じるものがある。地元では琉球式などと呼ばれている。

R0015178.JPG

 

さて、世之主の居城とされるところは、現在世之主神社があり、かなり急峻な山頂部に築かれている。いかにも城としては最適だが、登るのはさぞ大変だっただろうと思う。幸いでもないが、今は神社まで車で行くことができる。

R0015188.JPG

おおざっぱに山頂部は土塁のようなもので囲まれていて、石積みは見当たらない。また神社のある主郭から海手側の一段下がったところに平場があり、おそらく二の郭ではないかと推定される郭が認められる。海を望むと、幾つかの「城」の名前の付いた丘や集落があり、またたくさんの陶磁器が採集された遺跡もある。

たとえば、写真左の丘は、友竿遺跡、写真中央の幾つかの丘は、出城などの名がつく。また集落は大城、内城、玉城などと呼ばれているそうだ。集落の方は城をグスクと呼ばず「シロ・ジロ・ジョウ」などと呼ぶのが一般的だそうだ。ただ、丘の方は○○グスクなどとよばれていて、世之主を支えた重臣が居した城跡だと伝えられている。

R0015193.JPG

ブログ記事一覧