<特別投稿>今帰仁城跡や周辺の発掘、修復や管理をおこなう文化財係り。専門家の目がとらえた今帰仁城跡。

志慶真門郭の整備の履歴(1)

今帰仁城跡の保存修理事業は長い年月をかけて行われてきた。そして今も継続して行われている。

大変地道な作業である。そして多くの困難も伴う。時にうれしい発見に沸き、また調査の結果と対峙して悩み、また遺跡が壊れないようにあるいは遺跡を知っていただくように人を迎えるために難し判断をしなければならない事がある。

結果として今ようやく一般供用され、誰もが見ることのできる史跡公園だが、そこに至るまでには多くの仕事があり、そして多くの人々の努力があったことも忘れてはならない。

今、散策することができるのも、その整備があったからこそであるのだ。整備の履歴は以前本ブログでも昭和30年代に行われた琉球政府のころの仕事を少しばかり振り返った。今回は、最近一つ整理する機会があったので、今帰仁村が実施してきたいくつかの整備をその着手前とその後をみていただければ幸いである。

写真は志慶真門郭である。南から北を撮影したものを3点。北から南を撮影したものを2点掲載した。

整備着手当時の伐採風景である。

伐採前の写真はただの森であるので、石垣一つも見えなかったのだ。そこを伐採し、発掘を行い、発見された建物跡を表示して現在見る形となっている。昭和55年からはじまった調査と整備で、現在見る形になるまでに約20年の歳月を費やしている。

志慶真郭前.jpg

伐採作業の様子、石垣の形だけがうっすらと分かる。

 

志慶真郭後1.jpg

伐採完了時の写真

志慶真郭後2.jpg

発掘を終え、整備をはじめた時の様子。建物跡の表示にはコーラルが使われたので当時は白かったのもが、今は少し汚れて分かりにくい・・・

 

志慶真門前.jpg

志慶真門のところで石垣が途切れているのがなんとなくわかる。

 

志慶真門後.jpg

発掘調査が行われている時の様子。

その後ここも整備され、今みるな形になる。

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