外郭(がいかく)

外郭城壁外郭全体は非常に広く、低めの城壁で囲まれています。東側の城壁はほぼ昔のまま残っています。西側は復元された城壁が見えます。

帰仁城に仕える家臣団が住んでいたと考えられています。中国陶磁器や住居跡が発屈されています。

外郭内には、祭祀に使われる船をかたどった「レコーラウーニー」や、現在も多くの参拝者の訪れる拝所「古宇利殿内(ふいどぅんち)」があります。

外郭城壁


外郭城壁
外郭の城壁は高さは低いものの、幾重にも曲がりくねっていて、人を容易に寄せ付けない感があります。



高官住居跡

外郭へ入ると、まず、大きな石積みの土台が目につきます。発掘調査報告によると、高官の住居で、出土した陶磁器などから1600年代半ばのものです。


高官の住居跡

1600年代半ばといえば、薩摩軍による琉球侵攻(1609)の後です。従来の定説では、高官すなわち首里王府から派遣された監守は、海沿いの今泊集落へ下りて住んでいたことになっています。

ですから、1600年後半に外郭に住んでいたのなら、定説を覆す発見です。地元紙沖縄タイムスおよび琉球新報朝刊のトップに大きく取上げられました。



レコーラウーニー

レコーラウーニー
ウーニーとは「船」のこと。土盛りの船に神人(かみんちゅ)が乗って、舟こぎの動作をおこない、航海安全の祈願をしました。海洋王国である琉球にとって、航海安全は国の存続に関わる大事なことでした。
写真では、手前の長い土盛りと、やや中央の短い土盛りがウーニーです。



古宇利殿内(ふぃどぅんち)

フィドゥンチ(古宇利殿内)
古宇利島のことを地元では「ふぃ」と言います。古宇利島を治めた上級役人の住居跡と考えられます。なんらかの事情で移転したので、火の神を残して行ったのでしょう。祠は古写真を元に復元されました。古宇利島の人々が拝む火の神とされています。