今泊集落の最近のブログ記事

鍛冶屋の守り神(1
今泊集落にある鍛冶屋(カンジャヤー)には、関帝王(写真右)と鍛冶神(写真左)の絵が掛けられています。

鍛冶屋(カンジャヤー)は、鍛冶をおこなうことを家業としていた家で、鍛冶屋の守り神を信仰していて、その守り神が絵として祀ってあります。

鍛冶屋の守り神(2
画像がやや不鮮明ですが、女神のようなものが上に立ち、左の女性がフイゴを押し、3匹の鬼が鉄を打っているようすが描かれています。



鍛冶屋の守り神(3
鍛冶屋(カンジャヤー)のもう一つの掛け軸は、関帝王(カンテイオウ)の絵です。関帝王とは、中国の三国時代の武将のひとりで、このような絵が琉球に普及したのは冊封使が1691年に来流してからと言われています。

もともとは、王族や首里、那覇の士族の間に広まったようです。やがて、一般民衆の間にも浸透していったものが、今泊集落の鍛冶屋にも掛け軸として掲げられているのです。

長槍を持ったいかにも強そうな武将が描かれていますが、厄除け、守り神、商売の神などとして珍重され信仰されたようです。


御嶽(ウタキ)や火の神が信仰の対象だと思っていましたが、このような絵が神々の座をしめていたとは、民間信仰の点から興味深いものがあります。


今泊集落のフクギ並木もおすすめです

今泊集落にフクギ並木があるのは、以外に知られていません。映画の撮影でつかわれ、映画でご覧になった方もあるかと思いますが、今泊集落を散策した方はまだ少ないでしょう。

フクギ並木は本部町の備瀬が、ガイドブックで有名になっていますが、今帰仁城跡のすぐそばにもあるのです。今帰仁城跡見学のついでに、今泊集落もご覧になることをおすすめします。

今泊のフクギ
フクギ並木は集落全体ではありませんが、部分的にきれいに残っています。かつては、集落内はフクギにおおわれていたかもしれません。

今泊集落は、今帰仁城入り口バス停付近から海側、今帰仁城跡と反対側にはいれば、集落内にはいれます。案内板もありますから、ご参考に。


フクギはオトギリソウ科の常緑高木で、台風や火災に強く屋敷をまもるのに最適な樹木です。樹皮は黄色の染料がとれる有用樹です。

ためしに、フクギをフリー百科事典ウィキペディアで調べてみると、今帰仁城跡のフクギの写真が掲載されていました。城壁が見えるので、主郭にあるフクギのようです。ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%AF%E3%82%AE 

歴史を秘めた今泊集落の散策

今泊集落の散策

写真は今泊集落を散策しているようすです。よく写真を見ると、道は直角に曲がっており、交通の安全のためのカーブミラーが設置されています。写真では見えませんが、カーブミラーのあたりに石敢當(いしがんとう)があります。石敢當は魔よけの石です。

今泊集落は格子状集落といって、道が格子のようにきちんと並んでいます。碁盤目ではなく格子状といわれるのは、道が交差するところが少しずれているためです。碁盤目なら道の交差点で、道の「ずれ」は生じませんが、格子状の、この道のずれは意図的に作っていて、ずれた部分に石敢當が設置されています。魔をよけるためのくふうです。

格子状集落は風水の考えが生かされているようです。風水は古代中国の思想で、集落や住居、建物、墓などの位置関係で吉凶や禍福を決める考えかたです。
今泊集落のような格子状集落は沖縄県内でもあまり見られず、貴重な集落のかたちとされています。

1609年の薩摩軍の琉球侵攻以後、今泊集落は作られました。薩摩軍によって焼き討ちにあった今帰仁城下の今帰仁ムラと親泊ムラが、海沿いのこの場所へ移動してできた集落です。この時期は琉球史と日本史の交差する時期でもあり、歴史を示す集落だと思います。


前の記事を再投稿、2012年7月16日

今泊集落、最古?の石敢當

今泊の最古?の石敢當

写真の中央に、なにやら人のようにも見える石があります。石敢當です。今泊集落内ではおそらく最古の石敢當でしょう。ひょっとしたら、沖縄県内でも最古の部類にはいるかもしれません。現在の石敢當は、四角い石材に石敢當の文字が彫られているものが普通です。

この石敢當は自然石を利用したものですが、石積みとも一体化し、板塀は石敢當を優先させて板を切りぬいています。人のかたちに見えるのがなんとも愉快ですね。

この石敢當は今泊集落内にあります。
今帰仁ノロ家は「ヌンドゥルチ」と呼ばれ、現在の今帰仁ノロの屋敷です。庭に大きなリュウガン(竜眼)の木が立っています。この木には次のような話が伝わっています。

ヌンドゥルチのリュウガンの木

ヌンドゥルチ(今帰仁ノロ家)薩摩の役人がリュウガンの木はないか?と尋ねました。あるとは知らずに、地元の役人は「ない!」と答えました。後で、ヌンドゥルチにリュウガンがあったと知って、地元の役人は大慌て。このことが知れたら、厳罰に処せられます。そこで、すぐに切り倒してしまいました。証拠隠滅したわけです。

リュウガンの切り株から芽生えた枝は、やがて大きくなり、現在の大木になったのでした。

今帰仁ノロ家(ヌンドゥルチ)は、元は今帰仁城下にありましたが、1609年の薩摩軍の琉球侵攻をきっかけに現在地に移転したとされています。写真下のヌンドゥルチは今帰仁城跡入り口バス停近くにあります。今泊集落散策コースで、ノロのご主人から話を伺っているところです。

今泊集落のハサギンクヮー

今泊集落には2つのハサギがあります。フプハサギとハサギンクヮーです。 ハサギンクヮーは旧今帰仁ムラにあります。ハサギンクヮーとは、「小さいハサギ」の意味です。旧親泊ムラのフプハサギが「大きいハサギ」の意味で、この両者は対のようになっています。

写真のように、ハサギンクヮーのある広場は公園になっています。中央の4本柱のものがハサギンクヮー。

ハサギンクヮー、旧今帰仁ムラにある

かつては、フプハサギは親泊ムラのもの、ハサギンクヮーは今帰仁ムラのものでした。その後、二つのムラは合併し、現在の今泊ムラになります。ところが、ハサギは合併せず、こんにちまで二つとも存在しています。集落は合併しても、祭祀は一つにならないのです。

今帰仁ムラと親泊ムラは、かつて今帰仁城下にあり城下町としての役割をはたしてきました。現在の海沿いの場所に移動したのは、1609年の薩摩軍による琉球侵攻で、今帰仁城が焼き討ちにされたことがきっかけとなったとされています。

ハサギンクヮーでの祭祀は、旧盆明けの子の日(旧暦8月11日)に行なわれる、シマウイミと、プトゥチウガン(新暦12月24日)の年2回で、今帰仁ノロの管轄です。

関連記事:フプハサギ

参考:山原の神アサギ(今帰仁村歴史文化センター)

フプハサギ

フプハサギとは、大きいハサギ、あるいは主なるハサギという意味です。
今泊公民館前にあるこのハサギが、フプハサギです。旧親泊ムラに属するハサギで、元々は親泊集落の人々が祭祀をおこなったところです。

現在は親泊ムラと今帰仁ムラは合併し、今泊集落になっています。ムラは合併しても、ハサギは別々であり、旧今帰仁ムラのハサギは他のところにあります。

フプはさぎ
祭祀は今帰仁ノロの管轄で、シマウイミ(旧盆明けの子の日、旧暦8月11日)、プトゥチウガン(新暦12月24日)におこなわれます。

ハサギの歴史は古く琉球の時代にさかのぼります。「琉球国由来記」(1713年)にはハサギのことが記載されています。明治36年以前に創設されたムラでは、ハサギを設け神人を置いて、祭祀をおこなわなければならないように制度化されていたようです。
現在はもちろん制度化されていませんが、今でもハサギでの祭祀は続けられています。

注:ハサギは地域によってアサギといわれる。
造りは、かつては茅葺き屋根、現在はコンクリート製の柱が4本立つ。

参考:山原の神アサギ今帰仁村歴史文化センター

志慶真乙樽の墓

志慶真乙樽(しげまうとぅだる)の墓は志慶真川の下流にあります。

志慶真乙樽は伝説の美女。今帰仁の城主に献身的に仕え、今帰仁御神(なきじんうかみ)と呼ばれるようになり、マクブやタマン(魚の名前)の見えるところに葬って欲しいと遺言したことから、海に近いところに墓を造ったといわれます。

志慶真乙樽の墓
今帰仁グスク内に、志慶真乙樽の歌碑を建てるほど、志慶真乙樽は今帰仁村の誇りです。

それにしても、伝説の人なのに、なぜ、墓があるのでしょう?
確かに、志慶真乙樽は伝説上の人物です。一方、神人(かみんちゅ)として志慶真乙樽職があり、今帰仁グスクの祭祀を司っていました。神人志慶真乙樽は実在していました。

いずれにしても、長い年月を経て、志慶真乙樽は今も人々の心に生き続けています。

開かん墓

今泊集落に「開かん墓」と呼ばれる墓があります。
墓の入り口がなく、塗り込められているので、この名があります。
正確には「津屋口墓」、方言読みで「ちぇーぐち墓」といいます。

開かん墓
葬られているのは、今帰仁監守3世の「和賢」(わけん)です。
今帰仁監守とは、首里王府から派遣された今帰仁城の管理人です。1世は首里の玉陵(たまうどぅん)に、2世と4世から7世までは運天港近くの大北墓(うーにしばか)に葬られています。

なぜ、3世だけが今泊の津屋口墓に葬られているのでしょう?しかも墓口は閉じられている。
おそらくは、伝染性の病気ではなかったか、と考えることができます。それにしても、ひとりだけムラはずれに葬られたとは、ちょっと悲しいお話ですね。


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