今帰仁城跡には、毎年、全国各地から多くのお客様が訪れています。

今帰仁村では、来訪いただく見学のお客様へ、案内事業を実施しております。

やんばる唯一の世界遺産「今帰仁城跡」で、あなたもガイドをしてみませんか?




詳細は以下をごらん下さい。画像をクリックで拡大します。


2箇所の変更がありますのでご注意ください。

1.第5回の日付と曜日が変更になりました

2.第1回の日付が変更になりました。台風接近のため、

第1回目は7月22日(日)に変更します。


第2回目からは、予定通り行います。従いまして、

初回は7月9日(月)となります。

H30養成講座募集チラシ再訂正.jpg

18.05.12 30年度記念講演会 宮城弘樹氏

平成30年度 今帰仁グスクを学ぶ会の総会と講演会がおこなわれました。 

日時: 平成30年5月12日(土)
場所: 今帰仁村中央公民館講堂

講師: 宮城弘樹氏(沖縄国際大学) 
演題: 「グスク出土銭貨からみた琉球王国の貨幣史」 


私たちの「今帰仁グスクを学ぶ会」は平成17年7月、14名で設立されました。 
その生みの親でもある宮城弘樹氏(当時は今帰仁村教育委員会)が、沖縄研究を担う優れた若手研究者に贈られる第39回沖縄文化協会賞の比嘉春潮賞(歴史・考古学) というすごい賞を昨年受賞されました。 
宮城さん、おめでとうございます! 

受賞理由:  琉球列島で出土した銭貨の使用方法を考える際、考古学と文献史学をすり合わせることによって新たな領域を切り開く可能性を示した。


 講演会では、その受賞対象になりました研究成果を、私たちにも分かりやすく出土した品々を見せながら説明していただきました。 

 
18.05.12 30年度記念講演会・懇親会 宮城弘樹氏にささやかな記念品を
     講師の宮城弘樹氏に旧会長の仲嶺さんから記念品の贈呈



 講演会の後、30年度総会がおこなわれ、議案の承認、新役員の紹介がありました。 学ぶ会の代表として4年間、会活動をけん引されてこられた平良勝男氏が任期を終えられ、新理事長に大田原功氏が就任されました。

I18.05.12 30年度記念講演会・懇親会 新会長の大田原さんから任期満了の平良さんへ記念品が
     任期満了の平良氏(右)へ新会長の大田原氏から記念品の贈呈


18.05.12 30年度特別講演会・宮城弘樹氏  今帰仁村中央公民館
     今帰仁村中央公民館でおこなわれた宮城弘樹氏の講演会のひとこま


18.05.12 30年度記念講演会・集合写真
  宮城弘樹氏(中央)と今帰仁グスクを学ぶ会のメンバーによる記念撮影



2018.02.04 Bコース (13)フクギ並木の中のチニブ
チニブという竹垣はフクギの景観を壊さずに屋敷を守ります



今泊集落は、なきじん(今帰仁)ムラとおやどまり(親泊)ムラが合併してできたムラ。二つのムラは今帰仁グスクの城下町として栄えていましたが、1609年の薩摩入りをきっかけに海沿いへとムラごと移動しました。

計画的なムラの造成のため、集落内の道は格子状になり、魔を除けるための石敢當が置かれています。フクギ並木も多く残されています。琉球の村づくりを見ることのできる貴重な集落です。


2018.02.04 Bコース (11)フクギ並木で集合写真
フクギ並木で記念撮影 右のブロック塀に比べると竹垣チニブがきれいです


2018.02.04 Bコース (5)シルバマで集合写真
シルバマは尻浜のことで集落の後ろを指します



立春のこの日、体感温度はおそらく10度くらい。南国沖縄でもコートが欲しいくらいの北風が吹きます。2018年の「桜の季節にガイドとめぐる今帰仁の史跡」ツアー最終日のBコースのスナップです。

家宝は琉球国王から賜った勾玉

Dコース2018.2.2アオリヤエのろ殿内前で祈念撮影
アオリヤエ(阿応理屋恵)ノロ殿内火の神の祠の前で記念撮影



「桜の季節にガイドとめぐる今帰仁の史跡」にDコースが新設され、移動のためのマイクロバスいっぱいの参加者でにぎわいました。
予想もしなかった大目玉は、今帰仁ノロと中城ノロの勾玉でした。普段は公開しない、いわば家宝です。今回の見学のために特別に見せてくださいました。

勾玉は琉球国の王様から賜ったもの。ノロという公職に任ぜられたとき辞令書ともに与えられたものです。およそ400年前から代々ノロ家に伝わる勾玉は、ノロ職のしるしであり祭祀のときだけ使われる神器でもあります。

今帰仁ノロ家に伝わる勾玉はかんざしとセットになっています。
中城ノロ家に伝わるのは勾玉。かんざしは破損したとされ今はありません。鳩のかたちの花瓶のような焼き物があります。

辞令書は両家とも現物はありません。戦火で失われたようです。

Dコース2018.2.2今帰仁ノロの勾玉
今帰仁ノロの勾玉とかんざし



Dコース2018.2.2中城ノロの勾玉
中城ノロの勾玉と花瓶



Dコース2018.2.2今帰仁ノロ殿内火の神の祠
今帰仁ノロ殿内火の神の祠 琉球時代の今帰仁ノロの屋敷跡



Dコース2018.2.2現在の今帰仁ノロのやk
現在の今帰仁ノロ殿内 緋寒桜が咲いていました

桜の季節にガイドとめぐる今帰仁の史跡

2018年 桜の季節にガイドとめぐる今帰仁の史跡
各コースと日付にご注意ください。 画像クリックで拡大します。


恒例となった「桜の季節にガイドとめぐる今帰仁の史跡」ツアーのお知らせです。
2018年はDコースが増えて4コースとなりました。

Dコースは「今帰仁上り」の主要な拝所をめぐります。「今帰仁上り」とは、門中と呼ばれる親族が奇数年ごとに、聖地をめぐる伝統行事です。1800年代には始まったとされています。

沖縄島北部に位置する今帰仁グスクに、中南部からも参拝に来ます。昔は徒歩で、今はチャーターした観光バスで。2台の大型バスに総勢100名という大きな門中の一行もめずらしくありません。

今帰仁グスクに直接関係する門中もあります。しかし、参拝者の多くは直接の関わりはないけれど、ご先祖をたどれば関わっているという信心があるのです。ご先祖を敬う精神が、こんにちまで今帰仁上りを盛り上げているのかもしれません。


「今帰仁上り」は沖縄語では「なきじんぬぶい」と言います。


ツアーのご予約は電話またはメールでどうぞ。
電話: 080?6490?8250 担当者直通
メール: manabukai@nakijingusuku.com

2017.12.02 義本王の墓
 義本王の墓 案内しているのは歴史文化センター前館長の仲原弘哲氏
         


沖縄本島最北端にある辺戸集落に、義本王(ぎほんおう)の墓があります。義本王は、琉球最初の王とされる舜天(しゅんてん)王統3代目にあたります。
義本王は即位後、国が飢餓や疫病に見舞われたため、王位を譲り、辺戸に逃れたと伝えられています。



2017.12.02 安須森の前で
     安須森(あすむい・あしむい)御嶽の前で記念撮影


安須森御嶽(あすむいうたき)は琉球創世神話に登場する重要な御嶽です。琉球創世神アマミキヨが最初に創ったとされています。



以下は写真撮影された山内さんの紀行文です。

恒例の「今帰仁グスクを学ぶ会」の研修旅行は初めて北部・国頭村へ行きました。
同じ北部と言っても往復にかなり時間をとられるため今回は「王様が眠る村で有名な辺戸集落」を重点的に巡ってきました。

辺戸区公民館で宮城樹正氏(国頭村文化財保存調査委員会委員長)のレクチャー(球陽外伝「遺老説伝」に見る”辺戸の星窪”)を受けた後、
辺戸集落の散策道(辺戸蔡温松並木保全公園)を仲原弘哲氏の説明を聞きながら歩きました。

残念ながら天気が悪く、今月17日に琉球王朝の神事「お水取り」が行われる辺戸大川の現地を見ることはできませんでしたが、
琉球創世神話に登場する辺戸御嶽こと安須森(アシムイ)の4連の岩峰は辺戸の集落のどこからでも仰ぎ見ることができました。

辺戸には琉球の最初の王といわれている舜天王の王統3代目、義本王の墓があります。
帰路、辺野古新基地建設の加担につながると地元がその使用を拒否している奥港や比地の「やんばる野生生物保護センター」に
立ち寄りました。長時間ハンドルを握っていただいた新城さんと赤嶺さん、安全運転ありがとうございました。

昭和薬科大付属中学1
昭和薬科大学付属中学校の2年生のみなさんが今帰仁城跡を訪れました。スクールバス5台におよそ215名の生徒さんが分乗して来ます。ご案内するガイドは10名。一人が約20名を受け持ちます。

このような大勢のお客様をご案内するときは、当日の担当ガイド全員が30分前に集まり、打ち合わせをおこないます。どのコースで回るのか。記念撮影があるのか。出発時間の確認。何分で回るのか。など、入念な打ち合わせが欠かせません。



昭和薬科大付属中学2
昭和薬科大付属中学3
この日の生徒さんたちは、今帰仁城跡施設内の芝生で昼食です。みなさん楽しそうです。沖縄の地元の生徒さんたちですが、琉球のグスクや歴史を学んでいただける貴重な体験になります。担当ガイド各人の持ち味を生かしながらご案内させていただきました。
またのお越しをお待ちしております。

昭和薬科大学付属中学校は中高一貫教育の私立中学です。沖縄県浦添市にあります。

ご案内中の写真は、ウェブ担当もガイドしているため撮影していません。


毎年、今帰仁城跡を訪れる名門清風高校。
3日の間、参加できるガイド総出でご案内いたしました。
そのときのガイドの様子を少しだけご紹介します。



案内前の打ち合わせが欠かせません
案内当日、こうして打ち合わせがおこなわれます。この日のガイドメンバーは8人、一人が約20名を案内します。

今帰仁城跡の内部のご案内の様子は、ウェブ担当もガイドしているため撮影ができません。



見送りのため集まります
見送りのためバス駐車場に集まります。


当日の反省会も欠かせません
ガイド終了後の反省会も欠かせません。バス出発前のひととき、その日の様子を確認し合います。


バスが出発、見送りします
観光バスが出発。見送ります。


観光バス4台が宿泊先をめざして発車
大型観光バス4台が宿泊先を目指して、今帰仁城跡を出発します。

ガイド養成講座運天港
運天港は今帰仁城跡と関わりの深い港。現地へ行くと、天然の良好と呼ばれた理由がよくわかります。対岸は近いが深さは20mといわれ大型船の往来が可能な港です。



ガイド養成講座運天の古墓
百按司墓(むむじゃなはか)。その名前から多くの按司(有力者)が葬られている墓。運天港にある理由は、船で往来していた時代、港にあるほうが墓参りに便利だから。



ガイド養成講座大北墓
大北墓、うーにしばかと読む。今帰仁城跡を治めた監守一族が葬られている。監守は首里の王家である、尚家一族の一員。一目見て立派なつくりが印象的。

ガイド養成講座2017年7月2日スタート
今帰仁城跡 ガイド養成講座の初日を画像でご紹介します。案内役は1期生の大城さん。

写真左のほうにある円筒形の物体は、鳥居の土台。鳥居は今帰仁城跡の入り口に建っていた高さ10メートルを超える大きなもの。昭和5年に建立、平成15年に撤去されました。今は土台部分を証拠として、今帰仁村歴史文化センターに残してあります。

琉球のグスク 今帰仁城が日本の政策に巻き込まれ、グスクとは関係のない鳥居が建立されたのです。もちろん沖縄県内に神社はありますが、神社と琉球のグスクは信仰の形態が異なっています。

ガイド養成講座のスタートで、こうした日本との関わりを教えられました。炎天下、養成講座の現地案内は続きます。


大鳥居の当時の画像などは「今帰仁村の文化財」http://nakijingusuku.com/culture/2010/03/post-8.html をご覧ください。

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