2010年11月アーカイブ

歴史文化センターからのお知らせです

 

タイムス10.11.29 発信着信・玉城亜紀.JPG

(沖縄タイムス11/29)

 

新報10.11.29 ネットワーク・宮城弘樹.JPG

(琉球新報11/29)

 

歴史文化センター企画展「掘り出された硯」(裏).JPG

 

【関連記事アーカイブ】

2010.11.19   企画展「掘り出された硯」開催のご案内

 

 

夕暮れの今帰仁グスク

夕暮れの今帰仁グスクは訪れるお客様も少なく、静かなたたずまいを見せてくれます。
日没前のひと時を過ごすのも、よいものです。この日の日没時間は17時時37分頃でした。

夕暮れのクバの御嶽クバの御嶽の夕暮れも美しく、静まっている山の姿が見られます。今帰仁グスクのすぐ隣の山で、御嶽(ウタキ)なので、祈願するひとが絶えません。登る道は険しいです。


夕暮れの大庭(うーみゃー)夕暮れの大庭(うーみゃー)の木立。大庭は今帰仁グスクに上ってはじめの広場。北殿と南殿が建っていたとされていますが、どのような建物だったのかは、今は想像で描くのみです。
昼間は、見学のお客様と、祈願する人でにぎわう場所でもあります。

残照が輝く山並み御内原(ウーチバル)から眺めた山並み。残照がきれいです。御内原はグスクに仕える女官の住まいがあったとされています。天気のよい日は、夕日を眺めて物思いにふけったのでしょうか。


普段見られない志慶真門郭

シジマ城郭2上下の写真は志慶真門郭(しじまじょうかく)の志慶真門を外から見た姿です。(ほぼ同じ場所ですが、上は木が生えて、下は木のない状態。)
シジマ城郭

写真は志慶真門を外から見たところです。普段、見る機会はほとんどありません。
志慶真門は今帰仁城の裏門です。門の部分は崩れていますが、門の左側はきれいに修復されています。

シジマ城郭3
裏門とはいえ、人を寄せ付けない威容を感じさせます。仮に敵がよじ登って乗り越えようとしても、内側には常に武士が待機しています。4棟の住まいには武士が住んでいるので、夜間でも警備していたことでしょう。

志慶真門郭から武具の一部が発掘されていますが、面白いことに、おはじきが多数発掘されています。案内板の説明によると、子どもを含め家族単位で生活していたと考えられる、とあります。
戦国の時代でも、普段は普通の生活が営まれていたわけです。

夕方の今帰仁城跡

今日の今帰仁城は、よく晴れて与論島が見えるほどでした。連休でもあり、多くのお客様が訪れました。
また、門中の拝みも多く見られました。

県外から来られるお客様にとって、門中の拝む姿はめずらしいことなので、近寄って見ている若い方々がおられました。
琉球・沖縄の人々の信仰深い様子は、感銘を与えるようです。琉球・沖縄特有の信仰形態は、世界遺産登録の要件のひとつにも数えられています。


ボランティアガイドの依頼も多く、休むまもなくお客様をご案内しました。
夕方やっと一段落して、撮影しました。

夕方の大隅の城壁夕方の今帰仁城、大隅の城壁


夕方の今帰仁城外郭夕方の今帰仁城、外郭。フィドゥンチ火の神のほこら。

今帰仁城跡の仲良しネコ

今帰仁城跡に、兄妹のネコがいます。今帰仁城内で誕生したグスク生まれのネコ。
仲良く昼寝をしているところを見つけました。

仲良ネコは兄妹です
今帰仁城跡のネコのはじまりは、10数年前にさかのぼります。
現在のチケットもぎりの小屋が、チケット販売もしていたころ、窓口のおばちゃんが迷いネコにお弁当をわけてあげたのが始まりです。

うわさを聞きつけたネコが次々と集まり、10匹ほどになったそうです。中には、お客様にもらわれて東京へ行ったネコもいたり、バスガイドさんにもらわれたネコもいたりと、おばちゃんの話は尽きません。

ついに、新聞、雑誌にもおばちゃんとネコが登場し、こんにちのネコブームのさきがけとなったのでした。

今帰仁城跡のネコ

たまった雨水を飲むネコ正門でネコがたまった雨水を飲んでいました。

今帰仁城跡のネコは、少し前までは、googleで「今帰仁城跡」を検索すると「今帰仁城跡 ネコ」のキーワードが表示されていました。しかし、最近出なくなっています。これは、ブログの投稿が少なくなったせいかもしれません。

今帰仁城跡にとって、ネコも観光資源の一つになっていた証拠かもしれないと、投稿者は考えさせられました。同時に、ブログという媒体も大きな役割を担っている、と改めて確認しました。

投稿者はチケットもぎり窓口に勤務していたころ、頻繁にネコの話題をブログに投稿していました。チケットもぎり窓口から定期的に投稿する人がいなくなったため、ネコの話題も発信されなくなったのです。

ブログによる情報発信は途絶えてはならないものですね。

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