2011年3月アーカイブ

2つの土盛りに竹の棒が添えてあります。 これがレコーラウーニーです。レコーラの御船という意味。

レコーラウーニー 船こぎの動作をして、航海安全を祈願した場所です。竹の棒は船の櫂(かい)を表しています。
 琉球は大海に浮かぶ島国。漁によって生活の糧を得たり、中国へ渡る朝貢船や、日本やアジア諸国と交易する貿易船が往来していました。

航海安全は一国の重大事ですから、自然の神に祈願し安全を守っていただかねばなりません。 近くに運天港をかかえている今帰仁城の中に、儀式の場所があるのもうなずけますね。

新設された説明板には、古式ゆかしい儀式の様子が写真でわかるようになっています。
この場所は、今帰仁城跡の外郭にあります。

ウーニーでの儀式
なお、今帰仁城下には、もう一つ石製のウーニーがあり、アタイバルウーニーと呼ばれています。

大隅郭でシークヮーサーの花の香りが

今帰仁城内の大隅郭ではシークヮーサーの花が咲いています。とてもよい香りがするのですぐにわかります。

大隅郭の九年母
このシークヮーサーの木は、おそらく桜の木を植えたころに、今泊集落の方々が植えたものと思われます。
シークヮーサーは方言で九年母(クニブ)といい、9年目に実がなることからその名があります。
城内の志慶真乙樽の歌碑に「霜なりの九年母」と謡われていて、今帰仁グスクと九年母は深い関係があります。今泊集落の人々が九年母を植えたのも、その思い入れが強かったのでしょう。

志慶真乙樽(シゲマウトゥダル)の歌碑には、今帰仁城主にようやく跡継ぎが生まれたが、霜なりの九年母つまり時期はずれの子宝が授かって、めでたし、、と謡われています。

大隅郭の九年母(クニブ)は、昨年は実がなりませんでした。今年は実るといいのですが、、。


大隅郭はウーシミと呼ばれ、馬の骨と歯が大量に見つかったところです。馬の訓練場だったとされています。平郎門を入ってすぐ左にあります。
志慶真乙樽(シゲマウトゥダル)の歌碑は、参道の階段を登ったところの大庭(ウーミャー)にあります。


星形?の外郭の城壁

星型?の外郭の城壁 上の写真は外郭の城壁です。復元工事も進み、形がはっきりしてきました。星型にも見えます。
この曲線はどのような効果があるのでしょうか?見るほどに興味が湧いてきます。


位の高いひとの住居跡か?この城壁の内側に屋敷跡のようなものがあります。石積みになっていますので大きさがわかります。この大きさだとすれば、位の高い人物の住まいのようです。誰が住んでいたのでしょう?

文化財係りのなきじい氏によれば、年代は15世紀から17世紀前半とのことです。監守時代と思われますが、1609年の薩摩軍による琉球侵攻のときまで、利用されていたのでしょう。説明板も設置されるそうなので、新たな案内のポイントになりそうです。

関連記事:今年度整備もあとヒトイキです。今帰仁村の文化財。

過去の記事