2011年4月アーカイブ

今帰仁グスクが造られ始めてから、繁栄をきわめたころ。13世紀の終わりごろから15世紀のはじめころまでを、琉球史ではグスク時代といいます。

グスクを丹念に調べた方のサイト「ハイヌミカゼ」によると、グスクの数は500以上もあります。すべてが今帰仁グスクのような大型グスクではありませんが、大から小にいたるまでたくさんのグスクがあったことがわかります。

グスクを造ったのは按司(あじ)と呼ばれた在地領主とされています。按司の数もかなりの数になると予想されます。
やがて、大小のグスクが淘汰されながら、力のあるグスクが残って、三山の時代とよばれる時代になります。すなわち、山北、中山、山南の三山で、山北が今帰仁グスクです。

今帰仁グスクの正面今帰仁グスクの正面。高さ8メートルの城壁が威圧する。

三山はおのおの中国(明)と朝貢関係をむすび、競って朝貢船を派遣しました。同時に東南アジアの海をわたり、中継貿易をおこなって富をたくわえました。こうして繁栄の時代を迎えるのですが、三山の平衡状態は長くは続きません。

山北に対抗するのが中山で、浦添グスクが中山の本拠地でした。中山は山北を、その後山南を滅ぼし、琉球統一を果たしました。

中山に敗れたとはいえ、山北すなわち今帰仁グスクは強大な力を持っていたことは間違いないでしょう。難攻不落といわれた城壁のかまえを見ただけでも納得できると思います。ガイドがご案内するのは、そんな歴史の一こまにすぎませんが、沖縄は日本とちがう歴史をもっているな、、と感じていただければ幸いです。

関連記事:「グスクはいくつあるのか」今帰仁村の文化財

今帰仁城跡のテッポウユリ 今帰仁城跡のテッポウユリ2今帰仁城跡のテッポウユリが咲き始めました。純白の花が印象的。

撮影場所は旧道。琉球の時代そのままの道です。登ると大庭(うーみゃー)へ出られます。

登りにくい道ですが、昔を偲ぶには、お勧めの道。

テッポウユリは連休にかけて見られそうです。

今帰仁城跡のセンダンの花が満開に

センダンの花、主郭にて

センダンの花今帰仁城跡では、さくらんぼが終わり、かわってセンダンが花を咲かせています。

花の色は淡い紫で、和風の色。花の香りがしてきます。「センダンは双葉よりかんばし」のセンダンとは違うものなのですが、香りがいいです。

撮影場所は主郭。主郭は日本のお城で本丸に相当する場所。城主(按司)が住んだところです。

昔もセンダンが咲いていたら、城主も香りを楽しんだことでしょう。

今帰仁城跡のさくらんぼ、終わりです。

参道とさくらんぼ

参道のさくらんぼ今帰仁城跡のさくらんぼは今回でおわります。鳥たちが食べてきれいになくなっていて、参道に残った最後のさくらんぼを撮影しました。

新緑の桜も、強い紫外線のためか、少しずつ色あせた葉も見られます。これからの季節は亜熱帯植物の天下になるのでしょう。

今帰仁城跡、迷路のような外郭の城壁

今帰仁城跡の外郭の城壁沿いに歩いてみました。迷路のような感覚におちいりました。歩いていくと、城壁が似たような曲線を描いているので、自分のいる位置がわからなくなります。

外郭の城壁1
敵兵を目くらましにして、迷わせる効果がありそうです。城壁沿いに左へ進むと突然、穴が待ち構えていました。この穴に落とす策略かもしれません。

外郭の城壁2さらに先へ進むと、もっと高い城壁が行くてを遮り、城壁沿いに進めばついには志慶真川の断崖に落ちてしまいます。

外郭の城壁3実に巧妙に造られている城壁の構造ですが、今は芝生の養生中につき一般の方は入ることができません。
芝生が根づくまで、しばらくお待ちください。危険箇所もあるので、奥まで行かない方が無難です。

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