グスク時代。グスクが造られ、繁栄した時代

今帰仁グスクが造られ始めてから、繁栄をきわめたころ。13世紀の終わりごろから15世紀のはじめころまでを、琉球史ではグスク時代といいます。

グスクを丹念に調べた方のサイト「ハイヌミカゼ」によると、グスクの数は500以上もあります。すべてが今帰仁グスクのような大型グスクではありませんが、大から小にいたるまでたくさんのグスクがあったことがわかります。

グスクを造ったのは按司(あじ)と呼ばれた在地領主とされています。按司の数もかなりの数になると予想されます。
やがて、大小のグスクが淘汰されながら、力のあるグスクが残って、三山の時代とよばれる時代になります。すなわち、山北、中山、山南の三山で、山北が今帰仁グスクです。

今帰仁グスクの正面今帰仁グスクの正面。高さ8メートルの城壁が威圧する。

三山はおのおの中国(明)と朝貢関係をむすび、競って朝貢船を派遣しました。同時に東南アジアの海をわたり、中継貿易をおこなって富をたくわえました。こうして繁栄の時代を迎えるのですが、三山の平衡状態は長くは続きません。

山北に対抗するのが中山で、浦添グスクが中山の本拠地でした。中山は山北を、その後山南を滅ぼし、琉球統一を果たしました。

中山に敗れたとはいえ、山北すなわち今帰仁グスクは強大な力を持っていたことは間違いないでしょう。難攻不落といわれた城壁のかまえを見ただけでも納得できると思います。ガイドがご案内するのは、そんな歴史の一こまにすぎませんが、沖縄は日本とちがう歴史をもっているな、、と感じていただければ幸いです。

関連記事:「グスクはいくつあるのか」今帰仁村の文化財

関連記事

過去の記事