2011年10月アーカイブ

大阪から訪れた高等学校の修学旅行をご案内しました。

通算30回目を数えるという、沖縄行き修学旅行です。25日の新聞に、沖縄県から表彰されたという記事が掲載されました。
清風高校、沖縄県より表彰された
アメリカでの爆弾テロ事件で観光予定のキャンセルが相次ぐ中、この高校は沖縄行きを決行し、沖縄を応援してくれたのでした。

このような高校のご案内ができるのはガイドとしても嬉しいかぎりです。

修学旅行のご案内上の写真、今帰仁グスクの100分の一模型で、説明するのはガイドの岸本氏。


バスは4台、見学が終わり、今帰仁グスクを後にします観光バスは4台。ご案内はきょうで3日目、最終日です。今帰仁グスクの見学を終えて、次の目的地へ向かいます。晴天に恵まれ思い出に残る修学旅行になったことでしょう。



ちょっときつい7,5,3の階段は83段

今帰仁城跡には正門から続く階段があります。足のわるい方でも、楽に上れる城跡はないでしょうか?という質問をインターネットで見ました。

今帰仁城跡の階段は83段あり、加工していない石灰岩で造られています。そのため、やや歩きにくいといえます。
階段は7,5,3の階段とよばれ、3段上って踊り場、5段のぼって踊り場というふうに出来ています。これは、疲れにくい階段の造り方といわれ、確かにそう意識して上ると上りやすいです。

正門から続く階段正門から続く階段。石畳は未加工の石灰岩が使われている。

年配のお客様に7,5,3のいわれを説明しながら上っていただきました。すると、「確かに上りやすい」という返事が返ってきました。
年配の方と今帰仁城跡を歩くときは、お試しください。

ちなみに、誰が設計したかというと、神主さんの資格を持つ地元出身の方が設計者だそうです。それで7,5,3なのでしょうか?階段の工事は昭和34年頃のことです。

7,5,3の階段。踊り場があり上りやすい7,5,3の階段。踊り場があり上りやすい。

このように上りやすいとはいえ、やはり階段は誰にとっても少しきついもの。琉球の城=グスクはもともと高いところに造営されるので、グスク巡りは必ず上り階段が伴います。日本の城と違い、野外に造営されたグスクは山城あるいは要塞のような性格を持っています。従って、夏暑く、冬寒い自然のなかでの見学ですから、ご理解ください。そのかわり、いったん上れば、絶景の海が広がります。

今帰仁城跡ではバリアフリーの要望がありますが、未だ実現までは遠いようです。キャタピラ式のリフトの登坂試験を、ガイド有志が行ないましたが、試験機種での登坂は不可でした。

北殿跡にひっそりと香炉が置かれています

今帰仁城跡の階段を上ると、祭祀の広場、大庭(うーみゃー)です。大庭には、北殿跡があります。
地元では、神アサギ跡と伝えられています。土台の石と思われる礎石らしき石がならんでいますが、北殿のものか、神アサギのものか不明とのことです。

石がごろごろしている中に、香炉が1つひっそりと置かれています。ちょうどショウキズイセンが咲いているので、見つけやすいです。今帰仁グスクにおける、代表的な祭祀である海神祭(うんじゃみ)の際スタート地点が、この香炉のあたりです。

北殿跡の香炉がひっそりと中央やや左の四角い石が香炉。ショウキズイセンが咲いている。

門中の今帰仁上りの拝所の参拝地でもあり、かつては、今帰仁ノロを先頭に神人(かみんちゅ)たちが、盛大に祭りをおこない、子孫繁栄などを祈願したとされます。

秋になると、門中の今帰仁上りの一行が祈願する姿を見かけることがあります。現在は海神祭は行なわれておらず、当時の面影を偲ぶのは、この1つの香炉だけになっています。

注)
今帰仁ノロと神人:ノロは、琉球時代に首里王府が任命した神職で女性。今帰仁ノロは高齢ですが健在。神人は、集落の中からある年齢に達した女性が選ばれた。
神アサギ:集落が祭祀をおこなうところ。普通は4本の柱に低い屋根が乗っている簡単な造り。
門中:沖縄語でむんちゅう。男系の親族、簡単にいえば父方の親戚のこと。大きな門中は総勢100人ほど、観光バスを連ねて今帰仁グスクへ参拝に訪れる。
今帰仁上り:沖縄語でなきじんぬぶい。聖地巡拝の行事で、門中単位で行なう。5年に一回が多い。今帰仁城と周辺の関連した墓などおよそ20箇所くらいを回るが、巡拝場所は門中によって多少異なる。聖地巡拝には東廻り(あがりうまーい)というコースもある。

新聞記事三題

最近の沖縄の新聞に「学ぶ会」に関連する記事が立て続けに載りましたので紹介します。

 

ひとつめ

8月20日の「学ぶ会総会」の記事がいまごろになってようやく掲載されました。

ボツにならなくてよかった。当日取材していただいた通信員の新城さんに感謝です。当日の様子をとても上手にまとめていただきました(写真付きで)。

(2011.09.29 琉球新報)

新報11.09.29 学ぶ会総会と講演会.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つぎは私たちのガイド仲間に関する記事です

6月4日にここで紹介しました「ガイドのみなさん、いろんな顔を持っています」の第2弾と第3弾です。

 

ひとり目は月に一度、那覇から今帰仁グスクに通ってこられる中里幸伸さん

(2011.09.23 沖縄タイムス)

タイムス11.09.23 中里幸伸.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人目は、「学ぶ会」を立ち上げた時から今日まで会を牽引し続けてこられた会の代表仲嶺盛治さん

この記事も上に紹介した新城さんが書かれたものです。学ぶ会を上手にPRしていただいています。ありがとうございます。

(2011.10.02 琉球新報) 

新報11.10.02 仲嶺盛治.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイサー:今帰仁小学校と仲宗根青年団

エイサーを2つご紹介します。

下の写真は今帰仁小学校の運動会でおこなわれたエイサーです。小学校からエイサーをやっているのですから、やはりここは沖縄ですね。5,6年生全員が意気をあわせて演舞する姿はちょっぴり感動的です。

今帰仁小学校は文化財指定の仲原馬場のところにあり、人々が座っているところが、馬場の琉球松の下なのです。
本来駐車場ではありませんが、すき間なく停められた自動車の踏圧にも耐えながら、琉球松は子どもたちの勇姿をながめていることでしょう。

今帰仁小学校のエイサー仲原馬場の松の下で運動会の見学
下は仲宗根青年団のエイサーです。今帰仁グスク手作り市が毎月第一日曜日に開かれますが、そのとき各青年団がエイサーを披露してくれます。派手目な衣装を身に着け、高校生から成人までのメンバーだそうですが、さすが大人のエイサーです。

仲宗根青年団のエイサー仲宗根青年団のエイサー2




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