2012年10月アーカイブ

今帰仁グスクで桜咲く?

ヒカンザクラが開花、10月28日

今帰仁グスクで桜が咲きました。と言っても、台風後の狂い咲きでよくあることですが。
ヒカンザクラは面白いもので、台風で木が痛められたり、急に寒さが来たりすると、開花するのです。

今帰仁グスク内の2本の木で開花が見られました。いずれも、平郎門を入ってからまっすぐに続く参道にある桜です。


「今帰仁上り」で賑わう今帰仁グスク

IMG_5544-420.jpg

「今帰仁上り」は今帰仁グスクを中心にした聖地巡礼の行事。門中ごとに行うのが特徴。門中とは、男系親族のこと。簡単に言えばおとうさんの親戚。

男系親族といっても男ばかりではなく、奥さんも子どもも一緒に参加する。子どもたちは、おじいさんやおとうさんたちの行う祈りのしかたを自然に習得していく。

とはいっても、5年に一度の巡礼だから、大人でも忘れてしまう。そこで、礼拝手順や回るコースをまとめた本が良く売れる。うがん本(拝み本)と呼ばれ、沖縄県内では、このような本は売れ筋だ。今帰仁グスクを学ぶ会の編集した「今帰仁上り」もそのひとつで、第2版が出ている。

話がそれたが、写真は、今帰仁グスクとは反対方向へ向かう門中の人々。行く先には、「今帰仁ノロ火の神のほこら」、「供のかねノロ火の神のほこら」、「アオリヤエノロ火の神のほこら」がある。

火の神のほこらが3つもあるのは、今帰仁グスクの祭祀が盛んだったようすが想像できるものだ。今帰仁ノロ、供のかねノロ、アオリヤエノロの3人のノロが活躍していた。火の神のほこらは各ノロの屋敷跡である。

門中の人々は、こうして琉球の時代の聖地や拝所を回るのだが、聖地巡礼を通して、門中の子孫繁栄や健康祈願などを祈るとともに、現代の自分たちが琉球の先祖につながる信仰を確認していく。

1800年代から始まったといわれる「今帰仁上り」。現代沖縄の人々にも脈々と受け継がれている。


沖縄語では、今帰仁上りは「なきじんぬぶい」、門中は「むんちゅう」という。
クバの御嶽、塩害で木々は茶色に(1)
クバの御嶽を望むと冬枯れのよう。手前はサカンケーと呼ばれる場所で香炉が置かれている。
ブルーシートは発掘調査中の地面を保護するため。


台風後の沖縄は、塩害によって枯れた木々が目立ちます。今帰仁グスク近くのクバの御嶽(うたき)も、同様に木々が茶色に枯れています。日本の冬枯れのようです。

このような塩害による被害は、今までなかったことで、特に農家にとっては大打撃。台風の風が強く吹き、雨が降らなかったため、塩害がでたものです。

今帰仁グスク内も、根こそぎ倒れた木々もあり、枝は折れて、いつもの景色とは違っています。


台風後のクバの御嶽を望む(2)
周辺の木々も葉が落ちています。

クバの御嶽(うたき)とは、向こうに見える山を指し、拝みのための山。琉球の時代から続く聖地だ。日本では鎮守の森といえばわかりやすいかも。

御嶽(オンタケではなくウタキと読む)は聖域で、イベと呼ばれる頂上部分には、聖職者ノロだけがはいることが許されていた。

いまでは、だれでも登山できるが、道は険しいので、単独では行かない方が無難。サカンケーという拝所は、山に登らずに拝みするときに利用される遥拝所で、便利である。



門中の今帰仁上りで賑わう今帰仁グスク

今帰仁上り2010.10.07

門中の人々がおこなう聖地巡りに、今帰仁上りがあります。沖縄語で、門中は「むんちゅう」、今帰仁上りは「なきじんぬぶい」といいます。

今帰仁上りとは、琉球の時代から続く聖地巡礼で由緒ある行事で、門中という血縁集団がおこなう。今帰仁グスクを中心におよそ20カ所を巡る。

五穀の神を祀り、祖先の精霊(セジ)に4感謝するとともに、祖霊につながろうとする信仰をあらわす祭祀行事。(沖縄大百科事典による)

写真で、門中一族が、階段を登っていく。呂敷包みを持った人がいるので、門中の一族とわかる。大きな門中になると、100名くらいになるので、観光バスを連ねて今帰仁グスクを訪れる。

門中は男系親族で、簡単に言えば、お父さんの親戚になる。3年、5年、7年と奇数年で廻るが、5年に一回とする門中が多い。


今帰仁グスクを見学中に、拝む人々を見かけたら、静かに見ているようにします。ガイドも少し離れたところで、小さな声でご案内します。
オオシマゼミ1
オオシマゼミ2
オオシマゼミとは、奄美大島から沖縄本島北部にかけて、生息しているセミ。体長は5cmくらい、羽は透き通っていて、体の色は緑色。鳴き声が金属音で、とてもセミとは思えない。

夏もすぎ、気温が下がり始めると、元気に鳴き始め、秋の来たことを知らせる。鳴き声は11月下旬まで聞かれる。


過去の記事