2014年6月アーカイブ

志慶真川(しげまがわ)を見下ろすながめ、城壁の内側は志慶真城郭写真左側が志慶真川の谷


梅雨明けした今帰仁グスクは、夏の太陽が照るものの、涼しい風も吹いています。グスクの東側を流れる志慶真川(しげまがわ)から、梅雨時の水が流れて水音が大きく聞こえます。

志慶真川の谷はおよそ30度の急勾配で、今帰仁グスクの天然の堀の役目をはたしています。

志慶真川はグスクの飲料水を供給しました。さらに下流域では水田も作られたので、主食に米を食べていたと考えられます。グスク内の炉跡から炭化米が発掘されています。

今帰仁グスクから出土した13世紀の製作とされる「グスク土器」は、農耕社会が安定してきた時期を示している製品とされています。

梅雨明け近い今帰仁グスク、大隅の城壁

梅雨あけも近い今帰仁グスク、大隅の城壁です。高さは最大8m、幅は最大4m、城壁の総延長は1.5km。
琉球のグスクの中でも、大型のグスクです。


撮影は普段より左側から撮っています。この角度から見ると、なかなか野趣に富んでいます。

中山(ちゅうざん)の軍勢が2000名とも言われますが、この城壁を2日間かかっても突破することが出来なかった、と首里王府編纂の書物に記しています。


(画像をクリックすると、大きいサイズで表示されます。)
リュウキュウコクタン(琉球黒檀)の花
リュウキュウコクタンの花



フウリンブッソウゲ(風鈴仏桑花)
風にゆれるフウリンブッソウゲの花。まさに風鈴。



今帰仁グスクの大庭に、リュウキュウコクタン(琉球黒檀)とフウリンブッソウゲ(風鈴仏桑花)の花が咲いています。


リュウキュウコクタンは、三線の竿に使われる貴重な資源。
フウリンブッソウゲは、ハイビスカスの仲間。これから夏にむけて咲いていきます。



つながっていた外郭の城壁

つながっていた外郭の城壁
外郭の城壁。道路下には昔の道があり、門があったと思われる。


道路をはさんで、こちら側と向こう側の城壁は、昔はつながっていました。かなり両者は離れているので、何気なく歩くと気が付きません。

道路の発掘調査のとき見ていたら、昔の道路は現在のより、およそ1m下にありました。外郭の城壁と呼んでいるこの城壁は低い城壁に見えますが、1m下が道なら、昔は十分な高さがあったことになります。ですから、ちゃんと防御ができる城壁だったのです。

発掘調査のとき、門は発見されませんでしたが、おそらく近くに門があったと考えられます。



復元された外郭西側にはクバの御嶽がみえる
外郭西側の城壁は復元され、クバの御嶽が見える。手前は蘇鉄(ソテツ)。



この附近には、阿応理屋恵(アオリヤエ)ノロ、今帰仁ノロそして供のかねノロの3人のノロが住んでいました。ですから、今帰仁グスクにかかわる重要な人々が集中していたのです。

近くには、さらに、今帰仁(なきじん)ムラがあり、グスクを支える村人が住んでいたので、賑わいのある場所だったかもしれません。



少し変わった石敢當
男性が見ているのが、少し変わった石敢當(いしがんとう)です。人の形のようにも見えます。

この自然石の石敢當は、今泊集落の中にあります。桜の並木のある道路を、今帰仁グスクから下ると国道505号に出ます。そのまま直進すれば、今泊集落内に入り、この石敢當がすぐに見えます。集落内の道は狭いのでゆっくりと自動車を走らせてください。


石敢當は一般的には、表札を大きくしたような以下の写真のようなもので、塀などに埋め込んだり貼り付けたりして設置されます。

石敢當石敢當 / Nao Iizuka

石敢當とは魔よけで、中国から伝来しています。沖縄県がもっとも多く、次いで鹿児島県、非常に少数ながら東北や関東などにも確認されているということです。

魔よけの効果は
魔物(マジムンといわれる)は直進する性質があるので、交差点や三叉路の突き当たりにぶつかると家に入って来るというのです。石敢當にぶつかれば魔物は砕け散るので、交差点や三叉路に石敢當を設置すれば大丈夫というわけです。

お土産として、さまざまなデザインの小さな石敢當がありますから、縁起をかつぐ方は利用するとよいかもしれません。


石敢當のお土産


今泊集落は格子状集落とよばれ沖縄県内でもめずらしく、特徴のある集落です。かつては今帰仁グスク直下に位置していて、今帰仁グスクの城下町としての役割を果たしました。

ガイドと歩く今泊集落の散策コースの詳細は「今帰仁城跡と周辺史跡めぐり」のご紹介 へ。

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