近くに見える伊是名・伊平屋島が島尻郡(南部)?

今帰仁グスクから伊是名・伊平屋島を望む。クリックで拡大。
伊平屋・伊是名島を望む(画像をクリックすると拡大します)



よく晴れたので、今帰仁グスクから伊是名(いぜな)島と伊平屋(いへや)島がはるかに望めました。この二つの島々の住所は島尻(しまじり)郡。沖縄本島南部の行政区域なのです。

今帰仁グスクは沖縄本島北部にありますから、住所は国頭(くにがみ)郡。すぐ目の前にあるこれらの島々は島尻郡??

この不思議な現象を伊是名村役場のホームページでは以下のように説明しています。
「明治時代の廃藩置県で沖縄県になったとき、伊是名役所は那覇役所に併合されたため、その後の郡編成で島尻郡に編入されたからである。」伊是名島のごあんない【島の魅力】より

もう少し歴史をさかのぼると、伊是名島は首里の王様尚円(しょうえん)の出身地。それで、首里王府が直轄した島なのです。そこから、南部行政の管轄すなわち島尻郡になったと言えます。

15世紀初め、尚円王の子孫たちが首里から今帰仁グスクへ派遣され、今帰仁グスクを治めたことはよく知られています(監守制度)。監守一族は日々、祖先尚円王の出身地である伊是名島をながめていたわけです。

伊是名島へは、今帰仁村内の運天港からフェリーが運航していますから、今帰仁とおなじみになった方は訪ねてみるとさらに沖縄ツウになることでしょう。


伊是名島の後に見える伊平屋島は、尚巴志(しょうはし)王の祖父の出身地とされています。尚巴志は第一尚氏、尚円は第二尚氏王統の始祖ですから、首里にとって重要な島々だったのです。


下の地図で伊平屋島の下の沖縄県の文字の部分が伊是名島
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