2015年2月アーカイブ

今帰仁の史跡めぐりAコースの見どころ

シニグンニ、謎の石積み
今帰仁の史跡めぐりAコースの見どころをご紹介します。
写真上は謎の石積み?シニグンニです。

シニグ祭りに関係のある祭祀施設との見方が有力ですが、この地域の今泊集落にはシニグ祭りは保存されていません。今泊誌によると、トントトトン祭りと呼ばれた厄払いの儀式があったようで、その出発点とされています。

写真手前には、円形の石積みが、右奥には正方形の石積みがあります。さて、どのように使われたのでしょうか?

円形の石積みは、円陣を組んで踊るシニグ祭りを思わせます。
正方形の石積みは、合図ののろし(狼煙)を上げる場所にも見えます。


写真下は円陣になって踊るシニグ踊り。神にささげる踊りです。本部町具志堅集落に保存されています。

具志堅のシニグ 円陣になって踊る

ミームングスクは物見台写真上は、ミームングスクと呼ばれる物見台です。志慶真川へ突き出た高台にあります。古宇利島からの、のろしの合図も受け取れ、今帰仁グスクの志慶真城郭(しげまじょうかく)へも合図を送れる位置にあります。
ミームンとは、「見る」の他に、「新しい」の意味もあります。


史跡散策ツアーBコースの見どころ

今帰仁ノロ殿内のリュウガンの大木
史跡散策ツアーBコースの見どころをご紹介します。

写真は今帰仁ノロ殿内(どぅんち)のリュウガンの大木です。薩摩の役人から、リュウガンの木はないかと尋ねられ、ない、と返事をしてしまったため慌てて切り倒した。との伝承があります。今帰仁ノロのご主人仲尾次さんが、説明してくださいました。


下の写真は、志慶真乙樽(しげまうとぅだる)の墓です。志慶真乙樽は伝説の美女ですが、墓もあり、子孫の方もおられます。実在の人物でもあったのです。この墓は志慶真川の下流にあります。

志慶真乙樽の墓は志慶真川の下流にある

自然石の石敢當
写真は自然石の石敢當です。石敢當は魔よけで、直進する魔を石敢當に当てて魔力を粉砕します。道の突き当たりや交差点に取り付けますが、このような自然石は非常にめずらしいものです。
ガイドは富田(オレンジのパーカー)。
15.01.24 Cコース(1)-500.jpg
Cコースにご参加いただいた皆様。1月24日。


Cコースは運天集落と古墓。今帰仁グスクから少し離れていて、一見地味のようですが、最も大事なコースです。

運天港は今帰仁グスクにとって無くてはならない港。大型船が発着できる天然の良港だからです。
14世紀後半にかけて、今帰仁グスクから中国、当時の明国へ18回の朝貢をおこないました。
朝貢とは、貢物を携え貿易品を満載して使節団を送る、儀礼と交易の方法でした。朝貢貿易とも言われます。

運天魚港
運天漁港から古宇利大橋を見る。

ウーニシ墓
大北墓。ウーニシ墓と読みます。今帰仁グスクに派遣された監守一族の墓です。
監守(かんしゅ)は首里の王族ですから、墓も巨大で、岩盤をくり抜いて造っています。
元は今帰仁グスク近くにありましたが、運天港に移設したのは墓参りに便利なためでしょうか。今帰仁上り(なきじん詣で)の人びとも、この墓を参拝します。


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