グスク時代の城下町だった今泊集落を歩く

今泊集落の地図、きれいに区画されている
今泊集落はグスク時代の城下町として、今帰仁グスク直下にありました。グスクを支えるための、城壁の石積み労役や水と食料の供給などを日常行うことによって、グスクの城主から守られ、見返りをうけて大いに栄えたと想像できます。

ところが、薩摩軍の侵略によって今帰仁グスクが廃城になると、集落ごと現在の海沿いの場所に下りてきます。集落移動という大変めずらしい事態が起こったのです。仕える城主がいなければ、便利な海沿いへ下りて、生計を立てなければなりません。

地図をご覧いただくと、実にきれいな格子状の道が通っています。風水の考えに基づいてムラ作りがなされたとされています。交差点には、石敢當(いしがんとう)とよばれる魔よけが立っています。

今泊集落の交差点、四角に区画されている
上の写真は、石敢當の代わりに子どもに注意の標識が立っているのが今風で面白い。
下の写真は、自然石の石敢當で大変めずらしいもの。

自然石の石敢當、今泊集落内
今泊の名前は、今帰仁ムラの「今」と親泊ムラの「泊」を組み合わせたもの。グスク直下にあった二つのムラが現在の今泊集落になっています。

今泊集落の散策は、ガイドとめぐる今帰仁の史跡Bコースに指定されています。

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