平郎門は琉球政府文化財係と地元民が苦労して完成させた

平郎門工事前
今帰仁グスクの正門は平郎門と呼ばれます。前回の投稿では、大石を運んできて、門の上に乗せる大工事をおこなったことを紹介しました。

上の写真は平郎門の工事を始める前に、起工式をおこなった時の記録写真の中の1枚です。1961年12月のことで、今からおよそ55年前。旧型の自動車が止まっている道は石畳道になっています。現在歩いている道で、すでに造られていたことがわかります。さらに、上のほうに向かって階段が見え、階段がすでに造られていたことがわかります。七五三の階段と呼ばれる、今使われている階段です。
2本の松の後ろには、城壁がそびえていて、この部分の城壁はよく保存されていたのがわかります。なぜ、平郎門は無くなっていたのか、今でも謎です。

起工式の集合写真には22名の参加者が写っており、主だった人たちは琉球政府文化財保護委員会のメンバーと思われます。その後何度か、文化財保護委員会は今帰仁グスクへ訪れ、工事の進捗状況確認や工事人との打ち合わせをおこなっています。


平郎門工事中のようす
平郎門工事中のようす2
上の写真2枚は、工事を担当した地元今泊集落の人々と思われます。平郎門は途中まで出来ている様子がわかります。


平郎門の図面
図面は平郎門の設計図で、赤く塗ったところが工事箇所です。当時の著名な設計士の手による図面のようです。

こうして、琉球政府文化財保護委員会と工事を請け負った地元の人たちとの共同作業により、平郎門が出来上がりました。
創作と言われることもある平郎門ですが、記録写真を見ると修復作業に当たった人々の苦労の末に完成したことが読み取れます。

下の写真は、完成した平郎門。左には史跡今帰仁城跡の碑が立っているので、1972年の本土復帰以降の写真と思われます。

完成した平郎門
写真や図面、参考資料は「平郎門の修理工事」(1)~(9)http://nakijingusuku.com/culture/2010/04/post-9.html よりお借りしました。さらに興味ある方はご参考になさってください。

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