2017年7月アーカイブ

ガイド養成講座運天港
運天港は今帰仁城跡と関わりの深い港。現地へ行くと、天然の良好と呼ばれた理由がよくわかります。対岸は近いが深さは20mといわれ大型船の往来が可能な港です。



ガイド養成講座運天の古墓
百按司墓(むむじゃなはか)。その名前から多くの按司(有力者)が葬られている墓。運天港にある理由は、船で往来していた時代、港にあるほうが墓参りに便利だから。



ガイド養成講座大北墓
大北墓、うーにしばかと読む。今帰仁城跡を治めた監守一族が葬られている。監守は首里の王家である、尚家一族の一員。一目見て立派なつくりが印象的。

ガイド養成講座2017年7月2日スタート
今帰仁城跡 ガイド養成講座の初日を画像でご紹介します。案内役は1期生の大城さん。

写真左のほうにある円筒形の物体は、鳥居の土台。鳥居は今帰仁城跡の入り口に建っていた高さ10メートルを超える大きなもの。昭和5年に建立、平成15年に撤去されました。今は土台部分を証拠として、今帰仁村歴史文化センターに残してあります。

琉球のグスク 今帰仁城が日本の政策に巻き込まれ、グスクとは関係のない鳥居が建立されたのです。もちろん沖縄県内に神社はありますが、神社と琉球のグスクは信仰の形態が異なっています。

ガイド養成講座のスタートで、こうした日本との関わりを教えられました。炎天下、養成講座の現地案内は続きます。


大鳥居の当時の画像などは「今帰仁村の文化財」http://nakijingusuku.com/culture/2010/03/post-8.html をご覧ください。

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