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ガイド養成講座運天港
運天港は今帰仁城跡と関わりの深い港。現地へ行くと、天然の良好と呼ばれた理由がよくわかります。対岸は近いが深さは20mといわれ大型船の往来が可能な港です。



ガイド養成講座運天の古墓
百按司墓(むむじゃなはか)。その名前から多くの按司(有力者)が葬られている墓。運天港にある理由は、船で往来していた時代、港にあるほうが墓参りに便利だから。



ガイド養成講座大北墓
大北墓、うーにしばかと読む。今帰仁城跡を治めた監守一族が葬られている。監守は首里の王家である、尚家一族の一員。一目見て立派なつくりが印象的。

ガイド養成講座2017年7月2日スタート
今帰仁城跡 ガイド養成講座の初日を画像でご紹介します。案内役は1期生の大城さん。

写真左のほうにある円筒形の物体は、鳥居の土台。鳥居は今帰仁城跡の入り口に建っていた高さ10メートルを超える大きなもの。昭和5年に建立、平成15年に撤去されました。今は土台部分を証拠として、今帰仁村歴史文化センターに残してあります。

琉球のグスク 今帰仁城が日本の政策に巻き込まれ、グスクとは関係のない鳥居が建立されたのです。もちろん沖縄県内に神社はありますが、神社と琉球のグスクは信仰の形態が異なっています。

ガイド養成講座のスタートで、こうした日本との関わりを教えられました。炎天下、養成講座の現地案内は続きます。


大鳥居の当時の画像などは「今帰仁村の文化財」http://nakijingusuku.com/culture/2010/03/post-8.html をご覧ください。

ハンタ道は琉球時代に使われた登城道

ハンタ道の清掃1
わき道には航海安全祈願のウーニーもある。


ハンタ道は、琉球時代から大正期まで使われた登城道です。今では歩く人もいないため、夏場は草に覆われてしまいます。

これから来られるお客様が登れるように、草刈清掃をおこないました。
ガイド有志と教育委員会の清掃のみなさま、お疲れ様でした。


ハンタ道の清掃2
巨大なガジュマルのような樹木。かつての集落跡でもある。



ハンタ道の清掃3
天然の石畳の道。明治の探検家 笹森儀助が大理石のようだと形容したところか?



ハンタ道の清掃4
尽きることのない湧き水はエーガー(親川)と呼ばれ、拝みの場でもある。台風後で木の枝が散乱。



ハンタ道の清掃5
ツマベニチョウがサンタンカに飛来。


ガイド有志がチニブを作っています

チニブ作り1
チニブとは、写真のようなもので、竹製です。実際に作ってみると、なかなか難しく、きれいに作るには熟練が必要です。
それでも、実用に耐えるものが完成しました。必要枚数に達するまで、作業はまだまだ続きます。

これらのチニブは今泊集落の2件の民家に設置されます。完成披露は7月20日(日)の予定です。
それまで、毎週水曜日に今泊公民館で製作がおこなわれます。


チニブ作り2
チニブ作り3

あけましておめでとうございます

謹賀新年

今年もよろしくお願いいたします。

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