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「北山滅亡600年」特別企画 講演と対談

北山滅亡600年記念講演

  日時=514 () 14時から16

場所=今帰仁村コミュニティーセンターホール
◆講演「北山王攀安知のビジュアル復元の試み」(講師:上里隆史氏)
◆対談「北山滅亡とアジアの海の世界」(上里隆史氏・屋良健一郎氏 司会:宮城弘樹氏)

※攀安知の鎧「火威しの鎧」レプリカ公開あり

入場無料

主催=今帰仁グスクを学ぶ会
問い合わせ=080-6490-8250 (ヤマノウチ)


北山の風
(画像をクリックすると拡大します。)


「北山の風」は、今帰仁グスクに伝わる伝承を元に、創られた現代版組踊り。中高生が演じる、北山王と今帰仁グスク攻防の物語です。


物語はこんな感じです。以下は筆者がリライトしたもので、公演の内容とは異なります。

北山とは今帰仁グスクのことです。堅固なグスクである今帰仁グスクをめぐって権力争いがありました。
虎視眈々と今帰仁グスク乗っ取りを狙う家臣がいたのです。本部大主(もとぶうふしゅ)という人物です。 

 登場人物は、 
黒幕の家臣、本部大主 
今帰仁城主の側近の家臣、謝名大主 
今帰仁城主の側室、志慶真乙樽 
今帰仁城主の子、千代松 後の岡春 
王妃 

黒幕の本部大主が策略をめぐらします。今帰仁城主の側近の家臣、謝名大主(じゃなうふしゅ)が国頭地方で謀反が起こったとの知らせに、ただちに討伐に向かいますが、策略の罠にかかったのです。
側近の家臣、謝名大主が留守のあいだに、黒幕の本部大主は軍勢をひきいて今帰仁グスクになだれ込みます。折りしも、今帰仁城主の世継ぎ千代松の誕生祝の最中でした。

不意をつかれた今帰仁グスクの家臣や女たちは、戦いの備えもなく、逃げ惑うばかり。ようやく国頭地方からもどった謝名大主に助けられ、千代松と王妃、側室の乙樽は近くのクバの御嶽の岩屋に難を逃れますが、途中王妃は「産後でこれ以上歩けないから、この子を頼みます」と謝名大主と乙樽に千代松を託して志慶真川へ身を投げます。 

朝を待って、3人は恩納間切り(今の恩納村)の山田大主を頼って逃げ、身を潜めます。 千代松が山田大主のもとで8歳になったとき、名を岡春と改め北谷間切り(今の北谷町)へ落ち延び下人奉公をしながら、今帰仁グスク奪還のチャンスを待つのです。

やがて、その時が来て、岡春は勘手納港(かんてなこう、現在の名護市仲尾次の港)に以前の家臣たちを集め、3千人の大軍を率いて今帰仁グスクを攻め取ります。乙樽は城内に駆けつけ、岡春と再会します。 

この志慶真乙樽は、城主と岡春に対する忠誠と情けの深さから、後に、「神人」の位を授かります。【神人(かみんちゅ)とは、ノロの下で年中祭祀を行なう女性】 

(この北山騒動の話は、民話・伝承です。語り部によって多少の違いがあり、またそこが面白いのです。)

10周年記念講演会

10周年記念講演会1
金装宝剣千代金丸のレプリカが創られたいきさつや、日本刀が鉄の塊りから打ち出されるビデオなど、初めて聴くことばかりでした。

中山(ちゅうざん)が北山を破り、琉球を統一した力は鉄でした。鉄は農具になるし、武器にもなります。



10周年記念講演会2
海底に眠る陶磁器や船の碇(いかり)などを調査するきっかけは、今帰仁今泊の仲村渠(なかんだかり)氏の陶磁器コレクションでした。仲村渠氏は海岸に打ち上げられた陶磁器を集めています。


講演会の講師は、今帰仁村歴史文化センター館長の仲原弘哲氏、沖縄国際大学講師の宮城弘樹氏。お二人の講演は満席の聴衆でした。今帰仁グスクを学ぶ会の設立と運営に深く関わった、この二人がいなかったら、今の学ぶ会はありませんでした。

講演会 沖縄”骨”語り

平成26年度 今帰仁グスクを学ぶ会の総会と講演会がおこなわれました。

講師: 土肥直美氏(名桜大学総合研究所客員研究員)
演題: 沖縄”骨”語り 出土人骨からどんなことが分かるか

沖縄人はどこから来たのか?は興味深い話題です。骨から多くのことが分かるのが驚きでした。詳しい内容は、後日まとめてお伝えする予定です。


講演会の後、26年度総会がおこなわれ、議案の承認、新役員の紹介と退任する前理事長に記念の花束贈呈がありました。

平成26年度 新役員の紹介

会長の退任式


全体の司会は事務局長、総会議長をはじめ、受付嬢や撮影班などの担当、たいへんお疲れ様でした。

受付嬢
撮影班

六代桂文枝 沖縄の世界遺産で落語会

落語会3

今帰仁グスクで、6代目桂文枝さんが落語会を催した。有名落語家だから、マスコミ各社が報道したが、写真が大きく掲載されたサイトがあったので、再度ご紹介します。


落語会4

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