名刀千代金丸がついに公開されました

攀安知(ハンアンチ)王の名刀千代金丸
今帰仁グスクにまつわる、名刀千代金丸が、歴史分化センターで公開展示されています。レプリカですが、精緻な作りとその光り輝く姿は、一見の価値ありです。

当然ながら、写真撮影は出来ませんので、Facebookから転載しています。

シイナグスクを訪ねました

シイナグスクの標識
シイナグスクを示す県道72号線にある標識。
国道505号線にも標識があり、どちらからも行ける。


右側の高台にシイナグスクがある
県道72号線側から行く場合は標識を曲がってから右側へ、細い道をまっすぐ進むと間違うから注意。


シイナグスクの標識2
シイナグスクまで200mの表示。写真でみて道路右側には、産業廃棄物処理場の看板がある。


シイナグスク入口にはパイン畑
入口にはパイン畑。畑に沿って細い道を入る。自動車でも入れる。


いよいよグスクの中へはいります
いよいよグスクの中へ。写真で白く見える看板は、無断造成禁止を伝えるもの。


グスクの中には奇岩が多い
奇岩が目に付く。カルスト台地の上に土が乗っかった感じがする。通路は意外に平坦で歩きやすい。グスクとして造成されているようだ。


石垣が見える
石積みが見えてきた。明らかにグスクの造営がわかる。石は古生代石灰岩で、今帰仁グスクと同じ石だが、四角いものはない。この辺は層状石灰岩ではないのかもしれない。


石垣の中へ入る
石垣の中にも切り立った岩がある。石垣を乗り越えて中にはいる。最初の郭(かく)だろうか。



水の枯れた古井戸
古井戸は水が枯れている。日照りのときに水が枯れたので、シイナグスク造営をあきらめて今帰仁グスクへ移動した、と伝えられている。


地面は平坦にされている
岩が路頭しているが地面は平坦にならされている。



ムサシアブミの花
ムサシアブミの花を見つけた。


文化財撮影シイナグスクから羽地内海の眺望800.jpg
シイナグスクから羽地内海を望む。文化財係り撮影の写真をお借りしました。今回、木々が伸びていて遠くを見ることは出来ませんでした。


今帰仁村文化財がきれいに草刈したばかりで、シイナグスク探索は今がチャンス。あと2?3週間すると草に覆われてしまうでしょう。

今年の鉄砲百合は大隅の郭に咲く

テッポウユリにつぼみ、大隅の郭に植栽
テッポウユリの季節が近づきました。
上の写真は、大隅の郭に植えたユリ。つぼみを持ってきました。今年のユリは大隅の郭に咲きそうです。



下の写真は2010年に志慶真郭に咲いたユリ。今帰仁グスクを学ぶ会が植えたものです。
残念ながら、今はほとんど見られません。植えたユリは、そのままでは消えてしまうのです。


鉄砲百合 2010年志慶真郭に開花

10周年記念台湾研修旅行のひとこま

今帰仁グスクを学ぶ会は今年で満10周年。研修旅行は台湾でした。
訪ねたところをご紹介します。

撮影はグスク交流センターの紗里さんです。


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九扮(きゅうふん)は、千と千尋の神隠しのモデルとなったと言われる情緒あふれるところ。郷愁を誘います。


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十扮(じゅうふん)の「天燈上げ」。
天燈に願い事を書いて、天高くとばします。


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故宮博物院は中華民国の国立博物館。中国の古代の皇帝によって集められた美術品がほとんどで、格調高いもの。膨大なお宝は、台湾の観光スポットでもあります。


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中正紀念堂は総統蒋介石の顕彰施設。建物の大きさがものすごい。


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「忠烈祠」は台湾の戦没した英霊を祀る祠で、中華民国国防部の管轄下にあります。


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龍山寺02.jpg
龍山寺は信仰と観光の名所。清時代の乾隆3年(1738年)に着工し、同5年(1740年)落成した歴史をもつ、由緒あるお寺。


「かふう」に掲載されたAコースハンタ道
「かふう」とは果報で、幸福の意味。住宅関係の紙面です。
「かふう」の連載記事「森を訪ねて」の23回目に、「今帰仁城跡のハンタ道」として掲載されました。

取材は、1月下旬におこなわれた今帰仁の史跡ツアーのとき。案内ガイドは岡野邦彦さんが担当しました。
「ハンタ道は、今はジャングルのような森の中にあり、隠れて見えない。でもそこに600年から700年前の面影が残っているところにドラマがあり、夢があると思います。」


ハンタ道Aコースは、往時の登城道を今帰仁グスクまで歩く約2時間のコース。森の中に保存されてきた祭祀施設や物見台などが点在し、14世紀から15世紀にかけて今帰仁グスクが栄えた時代がしのばれます。

コース内には天然の石畳道があり、トレッキングコースとしても楽しめます。
大正期に馬車道が完成し、ハンタ道は使われなくなりました。現在は昭和時代に造成された県道が使われています。

今帰仁の史跡めぐりAコースの見どころ

シニグンニ、謎の石積み
今帰仁の史跡めぐりAコースの見どころをご紹介します。
写真上は謎の石積み?シニグンニです。

シニグ祭りに関係のある祭祀施設との見方が有力ですが、この地域の今泊集落にはシニグ祭りは保存されていません。今泊誌によると、トントトトン祭りと呼ばれた厄払いの儀式があったようで、その出発点とされています。

写真手前には、円形の石積みが、右奥には正方形の石積みがあります。さて、どのように使われたのでしょうか?

円形の石積みは、円陣を組んで踊るシニグ祭りを思わせます。
正方形の石積みは、合図ののろし(狼煙)を上げる場所にも見えます。


写真下は円陣になって踊るシニグ踊り。神にささげる踊りです。本部町具志堅集落に保存されています。

具志堅のシニグ 円陣になって踊る

ミームングスクは物見台写真上は、ミームングスクと呼ばれる物見台です。志慶真川へ突き出た高台にあります。古宇利島からの、のろしの合図も受け取れ、今帰仁グスクの志慶真城郭(しげまじょうかく)へも合図を送れる位置にあります。
ミームンとは、「見る」の他に、「新しい」の意味もあります。


史跡散策ツアーBコースの見どころ

今帰仁ノロ殿内のリュウガンの大木
史跡散策ツアーBコースの見どころをご紹介します。

写真は今帰仁ノロ殿内(どぅんち)のリュウガンの大木です。薩摩の役人から、リュウガンの木はないかと尋ねられ、ない、と返事をしてしまったため慌てて切り倒した。との伝承があります。今帰仁ノロのご主人仲尾次さんが、説明してくださいました。


下の写真は、志慶真乙樽(しげまうとぅだる)の墓です。志慶真乙樽は伝説の美女ですが、墓もあり、子孫の方もおられます。実在の人物でもあったのです。この墓は志慶真川の下流にあります。

志慶真乙樽の墓は志慶真川の下流にある

自然石の石敢當
写真は自然石の石敢當です。石敢當は魔よけで、直進する魔を石敢當に当てて魔力を粉砕します。道の突き当たりや交差点に取り付けますが、このような自然石は非常にめずらしいものです。
ガイドは富田(オレンジのパーカー)。
15.01.24 Cコース(1)-500.jpg
Cコースにご参加いただいた皆様。1月24日。


Cコースは運天集落と古墓。今帰仁グスクから少し離れていて、一見地味のようですが、最も大事なコースです。

運天港は今帰仁グスクにとって無くてはならない港。大型船が発着できる天然の良港だからです。
14世紀後半にかけて、今帰仁グスクから中国、当時の明国へ18回の朝貢をおこないました。
朝貢とは、貢物を携え貿易品を満載して使節団を送る、儀礼と交易の方法でした。朝貢貿易とも言われます。

運天魚港
運天漁港から古宇利大橋を見る。

ウーニシ墓
大北墓。ウーニシ墓と読みます。今帰仁グスクに派遣された監守一族の墓です。
監守(かんしゅ)は首里の王族ですから、墓も巨大で、岩盤をくり抜いて造っています。
元は今帰仁グスク近くにありましたが、運天港に移設したのは墓参りに便利なためでしょうか。今帰仁上り(なきじん詣で)の人びとも、この墓を参拝します。


さくら茶を うさがみそーれ

桜茶のサービスは学ぶ会がおこなっています
さくら茶をお召し上がりください。桜まつりの期間中、午前10時から午後2時まで、桜茶のサービスをおこなっています。提供は、「今帰仁グスクを学ぶ会」ガイドの団体です。

ピンクのユニフォームを着て、お茶の接待をしているのは、ガイド歴10年の渡部さん。
チケット売り場の奥の休憩所が、ここグスク交流センターです。ガイドの受付もここで承ります。

今帰仁グスク桜まつりは、2月1日(日)まで開催中です。

チケットもぎり受付が移動しました

チケットもぎり受付は移動しています
入城チケットの半券を切る、チケットもぎり受付が移動しました。看板猫も、さびしそうです。

写真手前の石畳に番号がふられています。発掘調査が始まるので、仮設通路を通って入城します。

正門の前の通路は、どのようになっていたのか、興味深いところです。以前、鳥居の撤去の際には、1m下に石畳が見られたとの報告があります。

正門付近は、近年、変えられた可能性があるようです。グスク時代の正門とその付近の状態が、明らかになるかもしれません。

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