今帰仁城にはどんな部屋(郭)があったのですか?

今帰仁城には、およそ10の郭(かく、くるわ)があります。それぞれの郭には役割があります。次の表をご覧ください。


城主を頂点に女官、武士、家臣団がそれぞれの郭にいて役割を果していたようすがわかります。

郭の名前 郭にあった住宅、部屋など
主郭(しゅかく) 城主の住宅
御内原(うーちばる) 女官たちの部屋
大庭(うーみゃー) 北殿と南殿(儀式や執務をおこなう)
志慶真門郭(しじまじょうかく) 武士の住宅が4棟
大隅(うーしみ) 乗馬の訓練場(馬の世話係がいた?)
外郭(がいかく) 家臣団

 

主郭には城主の住まいがありました。14世紀ころの山北王の住居跡と16世紀ころの監守の住宅跡を見ることができます。

御内原には城に仕える女官部屋があったとされています。

大庭には北殿と南殿が、広場を中心に向かい合うように建っていたとされています。政治的な集会や宗教の儀式をおこなったと考えられています。

志慶真門郭には武士の住まいが4棟あり、炉跡つまり台所の跡が発掘されています。武具の他おはじきが発掘されているので、子どもを含め、家族単位で生活していたと考えられます。

大隅から馬の骨や歯が大量に出てきたので、馬の飼育や訓練をおこなったと思われます。推測ですが、馬の世話係が住んでいたかもしれません。

外郭には、発掘された屋敷跡などから、家臣団が住んでいたと考えられます。