今帰仁城にはどのような人たちが暮らしていたのですか?

住んでいた人と住んでいた場所によって、次の表のようになります。


住んでいた人 住んでいた場所
城主(山北王、監守) 主郭(しゅかく)
女官たち 御内原(うーちばる)
側近の家臣たち 志慶真門郭(しじまじょうかく)
側近の家臣たち 外郭(がいかく)

 

城主とは、1400年始め頃まで山北王(さんほくおう)、それ以後は監守(かんしゅ)です。監守とは首里城から派遣された管理人のことです。

今帰仁城の外に住んでいた人たちもいました。

城内に住む人たちを支える村人が城下に住んでいました。今帰仁城周辺には今帰仁ムラ、親泊ムラ、志慶真(しげま)ムラの3つのムラがありました。発掘調査に基づく推定では、1つのムラの住人はおよそ50世帯くらいと考えられます。