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今帰仁城跡周辺から出土したネズミ類

今帰仁城跡からは、いくつかのネズミ類の骨が出土しています。城跡主郭(本丸)と周辺からは、小型ネズミ類の骨(左下顎骨、左下顎切歯など)が出土しています。種類は、特定されていません。また、周辺遺跡であるシニグンニという、方形石積遺構からは、大型のネズミ類の骨(大腿骨1点)が出土しています。大型で、ケナガネズミの可能性があると考えられています(樋泉,2007)。 ケナガネズミ(国指定天然記念物)は、沖縄島北部地域(国頭村)を中心に棲息していますが、以前は幻のネズミといわれていました。姿を見ることがほとんどなく、1ヘクタール当たり1頭という生息密度の動物とも言われてきました。その幻の動物が、昨年から頻繁に、道路沿いに姿を現しています。一説には、福地ダム周辺に設置したマングース北上フェンスの効果とマングースバスターズによるマングースの駆除作業などが、ケナガネズミの増加に貢献している、と考えられています。しかし、北部地域の国頭村大宜味村を中心に棲息しているのは今も変わっていません。このケナガネズミは、近縁種が遠くセレベスやスマトラ地方に発見されているらしく(木崎編著,1980)、大陸には確認されておらず、日本では沖縄島と奄美大島・徳之島にしか分布していません。頭の先からしっぽの先端までの長さが、なんと60cm にもなる、日本最大級のネズミです。今帰仁城跡周辺の遺跡から、大型のネズミ類の骨が1点のみですが確認されています。沖縄諸島と宮古諸島・奄美諸島からケナガネズミの化石が発見されています(大城,2002)。沖縄島中南部にも、棲息していた証拠が化石の出土から明らかとなっています。今現在は、沖縄島中南部は主に石灰岩林が広がり、北部地域にのみイタジイ林が広がりますが、大昔の植生は今現在と比べてどうだったのでしょうか。今のケナガネズミの分布状況や生態(ウロのあるイタジイやオキナワウラジロガシなどの大径木に棲む)を考えると、オキナワウラジロガシ(大きなドングリをつける)のある森林が沖縄島の中南部まで広がっていたのかもしれません。大昔には、本部半島の今帰仁城跡周辺の森にも、オキナワウラジロガシ林(一部イタジイ)が広大に広がっていて、ケナガネズミが棲息していたかもしれないということが、この骨が物語っていると言えるでしょう。

 

参考文献;琉球の自然史(木崎編著,1980

今帰仁城跡周辺遺跡3今帰仁村教育委員会、2007) 

琉球弧の成立と生物の渡来(木村編著,大城,2002) 

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ニューギニアヤリガタリクウズムシ

非常に長い名前で、何の仲間か一見わかりませんが、陸生のプラナリアの一種です。プラナリアというと、主に水中に棲み、理科実験などで、頭部をメスで切ると、切った数だけ再生し、同じ個体がいくつも出来るので有名な動物です。さまざまな農作物の害虫であるアフリカマイマイの天敵として、太平洋の島々で放飼されてきました。しかし、さまざまなカタツムリも捕食するため、グアム・サモア・タヒチなどでは固有のカタツムリ類の減少の大きな要因として考えられています。日本では、小笠原島でこのウズムシが、固有のカタツムリの減少を引き起こしていることが最近の研究で明らかとなっています。カタツムリをおそっている光景は、まるでホタル類の幼虫のようでもあります。自然界での食物連鎖というのは、非常に良くできているなと思いました。今帰仁城跡周辺でも、観察することが出来ます。

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体色は金属のようにキラキラした緑色。脚は赤と青色で大変目立ちます。ハンタ道沿いの木の葉裏に複数頭が集合していました。成虫の集合する理由についてはよく分かっていませんが、おそらく警告色の一つではないかと考えられています。

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ナミエシロチョウ

前ばねの長さが30mm前後のシロチョウの仲間です。食草はツゲモドキで、成虫の姿は冬場の寒い時期を除いて、ほぼ一年中見ることが出来ます。シイナグスクで生息を確認しました。

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お食事中のナガマルコガネグモの雌

雌の体長が20mm、雄が5mmのクモの仲間で、少し開けた環境のススキなどの草むらによく巣を張っています。腹部にある黄・緑・白の縞模様が特徴です。直径20cm程の円網の中央にX字状の白帯を作ります。今帰仁城跡周辺にも生息しています。写真の個体は、網にかかった小さな昆虫を食べているところです。

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